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うつ病・自律神経失調症の克服記録

長く現代病と言われる傷病に悩まされてきました。少しずつ脱却するコツに気づく事が増えてきたので記していきます。

自律神経失調症に性格が関係しているという話を聞いて~自分の実経験と自覚からもそれは言えると思う

自律神経失調症をかなり悪化させてしまい社会人生活を送れなくなった期間が3年近くあった私としては、否応無しに自律神経失調症って何なんだ?と考えてしまいます。理由は単純で二度と同じ状態にならない様に注意する為です。

基本的に鬱(うつ)などの傷病は、真面目な性格であったり、言いたいことを言えない性格であったり、我慢する傾向にあったりという人に多い傷病と言われます。社会復帰して5年程たった現在は客観的に自分を見る訓練ができたので、これはあたっていると思います。

良い・悪いの話では無く、人にはそれぞれ性格がありますので、鬱になる可能性のある人と、まず鬱にならないであろう人は凡見分けがつくと考えています。鬱になる可能性のある人はどこかで「我慢」してしまう傾向が強い人だと思います。

嫌な事を「嫌だ!」と突っぱねる人はおそらく鬱になる事はないと思いますし、そういう人にうつ病を理解するのは無理な話です。根本的に感覚が違うので理解して貰うのは不可能です。今思えば会社の上司が私の傷病休職の期間がはっきりしない事をかなり不満に思っていた様ですが、自律神経失調症は自分でコントロールが不可能な状態なのですから、それを鬱になる可能性がほぼ無い人に理解して貰うのは無理なのです。

鬱症状を少しでも実感できない人に、鬱や自律神経失調症を理解してもらおうなんて事は無理なので、放置して置くのが正解だと実体験上言えます。残念ですがそういうものだと思います。価値観が違うとか以前に感性が全く違うので理解して貰うのが無理なのです。

元々、人の事はおろか自分の事すら見えてなかった私ですが、最近では自分の事も他人の事も客観的に見る癖がついてきました。そして結構自分に似ているなと思う人と、自分とはかけ離れているなと思う人を見分けられる様になってきました。だから自律神経失調症の話をする相手は選びます。理解できない人に話しても無駄ですからね。

私はお医者さんでもなんでも無いので、あくまでも自分の体験を記しているに過ぎませんが、鬱になる可能性を持っている人は、物事が身に降りかかってきた時に自分を抑えて我慢出来る人と、そうでない人とではっきり別れると思います。私は自己分析すると前者であって自分の意思や欲求を抑制して我慢する癖がありました。客観的にみると「聞き分けが良い」とかいう評価を受けると思いますが、自分自身を騙すことはできないので、どこかで自分を傷つけているということを自覚しなくてはならないと最近ではそう考えています。

こういう自分自身を傷つける(騙す)行為を繰り返していると、蓄積したものがどこかで溢れ返ってくる様にリバースして、傷病として現れるのではないかと思います。現代病と言われる「自律神経失調症」は原因不明の体調不良が不安定に起きる傷病の総称として使われている様で、まさしく自分傷めのしっぺ返しが降りかかってくるものだと思います。自分を騙したり自分を傷つけたりし続けると取り返しがつかなくなると思います。

もちろん、社会で生きていく以上、他人との人間関係や立場等から我慢しなくてはならないことも沢山あります。なんでもかんでも自己主張を突っぱねて譲らないという人では人として問題です。我慢すべきところは我慢すべきだとも思います。

一体どっちなんだ?と言われるかも知れませんが、一言で言えば「バランス感覚」が重要だというところに行き着きます。自分の意思や欲求を抑制すべき場面もあります。しかしそればかり続けてはいけないということを私は学習しました。

ストレス社会と言われる現代において、我慢しなければならない事は沢山あると思います。そういう立場にあったり人間関係にあったりするのは避けられないと思います。私は自分自身がそっち寄りの人間であることから親近感を覚えますが、同時にそれではよく無いという事もアピールしたいと考えます。

では、我慢ばかりしてストレスを蓄積している人はどうすれば良いのか?病気になっても仕方ないではないか?という意見が出ても当然だと思います。これに対しての私の回答(アドバイス)としては、「自分へのご褒美を時々あげましょう」と言いたいです。別の言葉で言えば、「息抜き」、「ストレス解消」となります。

人それぞれに自分へのご褒美は違うと思います。ちょっとお酒を飲みたいという人もいると思います。適量のアルコールは気分を和らげてリラックスを得られます。ストレスに晒されている人は常に緊張状態にあるので、適量のアルコールによるリラクゼーション効果も有効だと自分の経験上思います。

また、スポーツやエクストリーム(ちょっと危険なアトラクション等)でストレスとは違う緊張による刺激を得ることで相対的なリラクゼーションを得るという方法も有効だと思います。私のリハビリの過程ではオートバイを使ってのモータースポーツも結構な効果があったと感じています。(特にモト・トライアルは様々な要素が含まれていて効果的だったと思う)

一例を上げれば、欧米人はエクストリーム(かなり危険なスポーツ)をやったりして、大怪我を覚悟のうえで楽しんでいることを、我々日本人は不思議に見てしまうことがあると思いますが、彼らにとっては本能的に欲している刺激を得ている行動らしいです。つまりストレス発散の手法としてエクストリームを取り入れているのです。

私は、「遊び」が下手な人間だったなと後で気づきました。

趣味が多く色々なスポーツにも足を突っ込みましたが、それはスポーツに興味があったりスポーツの上達が自分の向上心を満たすものであってそれに取り組んでいたに過ぎず、「遊び」として取り組んでいたかと問われると「否」と回答せざるを得ません。その証拠にある程度のスキルを身につけてしまうと一気に興味が無くなってしまいそのスポーツをやめてしまうことが多くありました。継続的に同じ趣味を続けるという事があまりなかったと感じますし、自律神経失調症を悪化させた時は「無趣味」な人間になっていた事も実体験から言えます。

逆に言えば、趣味は自分の精神の健康状態のバロメーターとも言えるんじゃないかと考えます。趣味に没頭出来るなら精神的な状態は良しと言えるでしょう。無趣味、無関心、無気力は危険シグナルだと経験上言い切れます。

もちろん、仕事が忙しくて一時的に遊ぶ気力が無いなんてことは有っても当然です。こういう一過性の状態は危険シグナルではなく一時的な状態にすぎないので心配することはないと思います。しかしその状態がずっと長期間続くなら、何かしら自分の精神や身体に良くないことが起きていると自覚する必要があるんじゃないかと考えます。

話を「性格」に戻すと、自律神経失調症の傷病を患う人の多くは、この息抜きが下手な傾向があると思います。私自身がそうでしたからよくわかるのですが、ストレスを受けやすい性格であり、ストレスを発散するのが下手な性格なので、蓄積して状態を悪化させるリスクがあると思うのです。

もし、自律神経失調症を悪化させた場合は、自分に正直であることを意識する必要があるんじゃないかと思います。ついつい事象に対していつもの応対をしてしまいストレスを無意識に自分の中に流し込んでしまうことはあると思いますが、それを理屈で理解して「今、ストレスを溜め込んだ」と自覚できれば、そのストレスを何かしらの方法で相殺してやる必要がある事に気づくと思います。

後は上手に自分へのご褒美、嫌な事を我慢したからご褒美をあげようという意識的な行動が必要だと自覚すべきでしょう。ご褒美に美味しいものを食べるとか、欲しいものを買うとか、そういうちょっとした事でも自分の欲求を満たしてやればストレスは相殺できるものです。

例えなるなら、「どうせ僕なんか・・」と拗ねている子供に次々とストレスを与えるとどんどん卑屈になってしまうのは想像出来ると思います。しかしそこで我慢できたからご褒美をあげるよと、喜ぶことをフィードバックされるとその子供は健康でいられると思います。幼少期の私は「聞き分けが良くて」「あまり手がかからなくて」という典型的な子供だったらしいです。大人になるまでも、大人になってからもずっとそういう生き方をしてきて、社会で生きながら強力なストレスを溜めこんで健康を害したというのが単純なしくみです。

今の私は、ストレスを我慢したらそれを意識して相殺するご褒美を自分に与えるようにしています。だからと言って欲しいクルマを買うとか極端な事は不要です。ちょっとした事(ご褒美)でも構わないのです。ちょっとだけ贅沢なお寿司を食べるとか、そういうことでも十分自分の精神はバランスを保てると今は感じています。

こういう事を我流で考えながら対応して、なんとか症状を悪化させずに、現在も心療内科にかかりながら弱い薬を処方してもらって生活しています。時々潰れそうな重みを背中に感じることがありますが、だましだましやっています。以前の私なら簡単に傷病を再発させたことでしょう。今は我流ですが先述の様な理屈で対処してなんとか現状維持の状態で生活できています。

ストレスの無い社会なんてあり得ないので上手にやっていくしか無いのです。

そういう目で周囲の人を観察してみて下さい。「ああ、上手にやってるなぁ~」って関心させられる人多くいると思います。皆そうやって自分の精神バランスをコントロールしている事にきづけたら一歩前進だと思います。自分が特別精神が弱いとかそういう事では無いのです。上手な自分コントロールのやりかたを身につけずに大人になっただけ。私はそう思っていますし多分これは正解だと思っています。

こういう話を心療内科医としてみたいなぁとか思いますが短い時間では難しいですね。